「主体性」の定義
こんばんは。
今日も10分の修行を開始いたします。
今日のテーマは「主体性」の定義です。
定義かー。
では、では説明。
主体性とは、ただ単に、率先して何かをするだけのことではない。
「かーちゃん、風呂掃除しといたよ」っていうだけではない。
もっと深い、
人間として、自分の人生に責任を受けることを意味する!
だから、
「俺、責任取りたくないからやらない」っていうのは、完全に主体性とは反対の人間ってことになる。
人間は、自発的に責任を持って行動できる生き物。
誰かに悪口言われたから起こるという反応だけでは、人に左右される。それは人に支配されているのと同じだ。
人というのは、人に何かを言われたから反応しないというわけではない。
自分が決めた反応を自分の主体性をもって(責任)行動に移すことができるんだ。
ここではこんな言葉も書いてある。
これは引用させていただきます。
私達は、自分の身に起こったことによって傷ついていると思っている。しかし、実際には、その出来事を受け入れ、容認する選択をしたことによって、傷ついているのだ。
(中略)
しかし、深く正直に「今日の私があるのは、過去の選択の結果だ」と言えなければ、「私は他の道を選択する」ということはできないのだ。
この言葉にはドキッとしました。
だって、何か起こったときに、その出来事を自分の中で容認したって「選択」をしたことで自分が傷つくって。自分から招いていたって気が付いたとき、傷つくことは必要ないんだって。
必要以上に傷つく必要もないし、違う選択もできるのが人間なんだって。
しかも、主体性は責任を受け入れる事だから、過去の選択を人のせいにはできない。すべて自分の選択の結果って言うことを理解して生きるのが今後の頭に焼き付けて生きていきたい。
丁度10分。
どうでしょうか。
上手く書けたかな。
ちなみに780文字。
昨日より増えたからよかった。
ではまた明日。